◆自己紹介◆私についてⅢ

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2日連続自己紹介を書いていると(案外時間がかかる)
なんだかすっかり楽しくなって
過去を曝け出すことが何かの解放の儀式となっている最近(笑)

大解放時代!

それでも、誰かを傷つけるようなことは
一切書きたくないので
ここから先は「嘘を書く」のではなく「書けないこともある」
とご理解いただきつつ(テヘ)

私も大人になったもんだな!
と思う。

私の結婚生活のことを書くことは
すごく気が重い作業になる。

だから、ちょっと笑いがなくなるのは
理解してもらいたい…

それはどうしてか?
実は2年ほど前、元夫が他界した。
私自身、離婚してから一度も夫に会っておらず
なのに私は大号泣した。

その涙の意味は、昔、共に生きた同志へ
沢山笑い、沢山喧嘩し、最後はお別れになったけれど
それでも私に2人の息子という宝物をプレゼントしてくれた
一つの時代を戦った戦友なのだ。

若さとは残酷だ。
若さとは多くを望む。
若さとは諦めを知らない。
若さとはそれでも美しい。

彼はとても仕事が好きで、自分の人生の全部を
仕事にかける人だった。
私は寂しかった。
我慢したり、喧嘩したり…

でも一番辛かったのは、些細なことだった。
人が心を病んでいくのは
大きなものが原因じゃない。
些細なことが積み重なるのだ。

食べられるはずもない夕食を
食べてもらえるかもしれないと言う期待を込めて
毎日作りそして捨てる日々…

お金に困ったことはなかった
十分すぎるほどだったのに
ある日心がプツンと切れた。

私は離婚を決めたのだ。

誰かに出会ったとか(恋をしたとか)、そういうことじゃない。
私が離婚したかったのだ。
誰かがいる孤独が耐えられなかったのだ。

でも、息子たちは寂しかっただろうと思う。
周りと違う自分たちが辛かっただろうと思う。
私の若さは、そんなことすら考えられない。
今は「ごめんなさい」と思う。

他界した後、息子に大きな大きな家がプレゼントされた。

そして、元義母と話した時
「再婚もして、でも結局最後まで仕事ばかりで…」
と言っていた。

奥さんが、理解あって
そして自分の好きな仕事を最後まで出来て
幸せな人生だったんじゃないかな^^

そう思った。

さぁ、葬いの意を込めて
彼のいいところを書こう。

もし息子が読んだ時、
誇れるように、笑いが出るように…
私にはそれしか出来ないから。

驚くほど頭が良かった。
そして、イケメンじゃないけど独特なムードがあった。
笑いのセンスもあった。
とにかく歌が上手だった。
(息子たち、全部受け継いでるよ^^)

私は昔から「頭のいい人」に弱い。
良い大学とかではなくて
何かに秀でている人が好きなんだ。
(現夫はもうその最上級)

どうか天国で息子たちを完全ガードしてくれ!!!
私のことはいいから(しないな・笑)
お嫁ちゃんと息子をよろしく^^

今回の回は、私のほんの数年の結婚の話だ。

私と息子は、私が彼との結婚生活を続けていたら
のんびりと幸せだったのだろうか?

結果は違うだろう。

私は離婚を決めたことで
占い師になり、信じられないほどの人と出会った。
3万件、人数にしたら1万人を超えるだろう人の人生を見てきた。

私はみんなと出会えて、幸せなのだ。
息子と生き、今の夫と出会い、旅をして幸せなのだ。

人生という旅の途中で、
道が分かれただけなのだと思う。

今日は…大人な感じで終わってしまった…

私は、わがままな人生だったかもしれない。
今も、わがままかもしれない。

これからも、わがままだろうと思う。

陽子

あなたの人生、あなたのものです!

またね!

※写真は1年前のボルドーのブルス広場。
陽気に踊る夫婦…(息子とも踊った!)

そして、このワンオペ時代の子育てについては
今の私の仕事の鍵となるから…
明日はその部分を書いていこうと思う!

これ、いつ終わるんだ???

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